ある年の9月②

 暑い日が続く。

 

 だが、日差しを避ければ快適に過ごせる。吾輩は日陰で昼寝をしておった。

 

 

 気配がしたので身が覚めた。奴がいる。

 

 

 「いつ来てたのだ」

 

 

 「しばらく前だ。以前のお前であればすぐに気づいたはずだ。」

 

 

 「そうだな。このねぐらで暮らし始めて勘が鈍くなったのかもしれん。何の用だ。何かあって来たのだろう。顔色が良くないな。」

 

 

 「ああ。俺はもう長くない。」

 

 

 吾輩は言葉が出なかった。確かに顔色は悪い。衰えもある。

 

 

 「お前とは数多く戦ってきたが、もう戦うことはなさそうだ。どんなものでも生まれたら死ぬ。必ずだ。それが生きるものの務めだ。俺にはその務めの時がすぐそこまで来ている。」

 

 

 「それは吾輩も同じだ。吾輩もその時は近づいている。そこにいるガキどもも死に向かっているのだ」

 向こうにいるガキども(子猫)を見ながらそう言った。

 

 

 「いろいろあったな」

 

 

 「ああ。いろいろあったぞ」

 

 

 「けがもしたが、その傷は俺の人生の中に深く刻み込まれている。忘れることはないだろう」

 

 吾輩は言葉が出なかった。絞り出すこともできなかった。長い沈黙の時が流れた。

 

 

 

 

 

 ようやく絞り出した言葉は

 

 「ありがとよ」だった。

 

 奴は驚いて吾輩を見た。

 

 

 「お前がいなければ、吾輩は寝ているだけのものだっただろう。お前がいて戦うことで男としての矜持を持てたと思う」

 

 

 「それは、俺も同じだな。俺もお前と戦うことで男としての矜持を持つことができたのだと思う」

 

 

 しばらくして、奴は立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 その夜、一つの命が務めを終えた。